北海道拓殖銀行

北海道拓殖銀行は、「拓銀(たくぎん)」や「北拓(ほくたく)」とも呼ばれ、その昔(1900年-1999年)、日本に存在した銀行をいいます。営業当時、都市銀行の一つとして金融業界に位置し、全盛期は、北海道を地盤としつつ、首都圏や東北、関西、香港、ニューヨーク、ロンドンなどにも支店を置きましたが、バブル崩壊による巨額の不良債権により、1997年に経営破綻しました。

1990年代後半は、日本の金融機関がバブル時代の不良債権問題で苦しみ、拓銀破綻をきっかけに「大手行でも潰れる」という認識が広がりました。また、拓銀の破綻後も、山一證券や日本長期信用銀行などの大手金融機関が次々に破綻し、日本は深刻な金融危機に陥りました。

北海道拓殖銀行の沿革

北海道拓殖銀行は、明治から平成の一世紀(1900年-1999年)の間、大手銀行として一世を風靡しました。

・1900年に北海道開発を目的とした特殊銀行として、北海道拓殖銀行法に基づき設立。当初は、拓殖債券の発行による資金を、農地や宅地などを担保に、長期開発資金として貸付ける不動産金融が主要な業務であった。

・1916年に一般他銀行の代理業務および信託業務の営業が認められ、第二次世界大戦終了時まで、道内の銀行を次々と合併し、急成長を続けた。

・1950年に北海道拓殖銀行法が廃止されて普通銀行となり、1955年に都市銀行となった。

・バブル景気の中、1988年頃から、道外の拠点だった東京営業部や大阪支店などを通じて不動産融資に注力し出した。他行より出遅れていたため、焦りが生じて、経営陣が急激な拡大路線を取った。(インキュベーター戦略が主役となり、総合開発部を新設)

・1990年代に入って、バブル崩壊が起こり、拓銀の不良債権が急増した。この頃、カブトグループやソフィアグループなどの巨額融資が問題となった(大半が不良債権へ変貌)。また、インキュベーター戦略が失敗に終わり、1994年に総合開発部は廃止された。

・1994年頃からマスコミに「危ない銀行」として名指しされるようになり、また1995年3月期決算で、設立以来、初の赤字に転落した。

・1996年末に拓銀に関する不穏な噂が流れ始め、年が明けた1997年になると銀行株が軒並み安値を更新し、特に拓銀株は外資系証券会社から大量の空売りを浴びせられて暴落した。このような状況の中、事態打開策である北海道銀行との合併構想が破談となり、また資金調達も難航するようになった。

・1997年11月15日、拓銀は臨時取締役会を開催し、営業継続断念を全会一致で決定し、都銀として初めて経営破綻した。

・1998年に北海道内は北洋銀行に、本州は中央信託銀行(現・三井住友銀行)に、それぞれ営業を譲渡した。その後、1999年に法人を解散して清算法人となり、2006年に清算が結了した。

北海道拓殖銀行の概要

北海道拓殖銀行は、営業当時、都市銀行の中では最小の規模でしたが、道内では最有力銀行(道民銀行)であり、大きな影響力を持っていました。元々は、北海道開発を目的として設立された銀行であり、その成り立ちから、北海道を中心的な営業基盤とし、北海道の発展に長く貢献してきましたが、高度経済成長期以降、本州における支店網の整備にも力を注ぎました。

一世紀もの歴史を誇る拓銀を破綻に向かわせたのは、狂乱とも言えるバブル期において、都市銀行との差が広がる一方で、地銀上位行にも追い上げられる中、一部の経営陣が主導する拡大路線によって、無謀な不動産融資(乱脈融資)に走ったことでした。そして、バブル崩壊と共に、乱脈融資の大半が不良債権となり、経営不振に陥って、1997年についに破綻しました。

なお、拓銀の経営破綻では、歴代の頭取2名と融資先の元社長1名の計3名が商法上の特別背任で逮捕・起訴され、有罪となりました。また、整理回収機構は、旧経営陣に対して損害賠償を請求する訴訟を起こし、確定した賠償請求額は合計で約101億円となりました。

商号 株式会社北海道拓殖銀行
〔The Hokkaido Takushoku Bank, Ltd.〕
設立-解散 1900年-1999年
本店所在地 北海道札幌市中央区大通西3丁目7番地
事業内容 銀行業
金融機関コード 0012
上場 東証1部・大証1部・札証(8312)

北海道拓殖銀行のその後と道内への影響

北海道拓殖銀行は、1997年11月17日に経営破綻し、1998年に北洋銀行および中央信託銀行(現・三井住友信託銀行)に営業譲渡されました。そして、1999年に法人を解散して清算法人となり、2006年に清算が結了しました。

長い間、北海道において、拓銀の影響力は非常に大きく、拓銀の破綻は、同行をメインバンクとしていた多くの道内企業を連鎖破綻に追い込むなど、北海道経済全体の信用収縮や悪化が加速し、道内経済に大きな打撃をもたらすことになりました。

●拓銀の道内の事業

1998年に北洋銀行に営業譲渡され、順次、店舗等は統廃合された。その後、北洋銀行は、2001年に第二地方銀行の札幌銀行と共同で金融持株会社を設立し、2008年に札幌銀行と合併した。現在、北洋銀行は、第二地方銀行であるが、地方銀行の北海道銀行を上回る道内最大の銀行となっている。

●拓銀の道外(本州)の事業

1998年に中央信託銀行に営業譲渡され、中央信託は信託銀行首位の店舗数に躍り出ることになった。その後、中央信託は、信託業界の再編で、2000年に三井信託と合併して「中央三井信託銀行」となり、2011年に住友信託銀行と経営統合し、現在は「三井住友信託銀行」となっている。

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