ロクイチ国債暴落

読み方: ろくいちこくさいぼうらく
分類: 国際情勢|債券暴落

ロクイチ国債暴落は、「ロクイチ国債ショック」や「ロクイチの悪夢」とも呼ばれ、1980年4月に起った、急激な金利上昇による日本国債暴落のことをいいます。これは、1978年度に発行された表面利率6.1%の国債(通称:ロクイチ国債)において、1979年1月に6%台後半だった利回りが、1980年4月上旬に12%超まで上昇したことにより、額面100円の債券価格が70円台にまで下落し(価格は3割減となり)、ロクイチ国債を大量に保有していた大手銀行などがパニックに陥った出来事(債券市場の大混乱)を指します。

一般にロクイチ国債暴落は、国債の流動化があまり進んでいなかった当時、第2次オイルショックによる国内のインフレ進行のほか、主要先進国の金利上昇、為替の円安基調、大量発行される国債への市場の拒絶反応などがある中、インフレに対応した急激な金融引締めにより発生したとされます。なお、この出来事は、その後の大蔵省(現・財務省)の国債管理政策にも大きな影響を与えることになったと言われます。

<ロクイチ国債暴落の経緯>

・1978年当時は低金利局面で、それまで発行された10年国債の最低利率である6.1%の国債(ロクイチ国債)が発行された。
・1979年4月以降、本格的な金利上昇局面となり、国債価格は大きく下落した。また、景気拡大や原油価格の上昇などにより、6月にロクイチ国債の利回りは9%を超えてきた。
・1980年に日銀は、2月・3月に立て続き公定歩合を引き上げ、長期金利も大きく上昇し、ロクイチ国債は暴落した※。そして、4月にロクイチ国債の利回りが12%台にまで上昇し、金融機関がパニックに陥った。
・その後、米国金利の急激な低下などにより、債券市況は急回復した。

※日銀は、1980年にかけて公定歩合を通算5回引き上げ、3.5%から9.0%にした。