立石一真(オムロン)

立石一真氏は、立石電機(現オムロン)を創業し、一代で技術大国日本を代表する先進企業にまで成長させた、1910年(明治33年)生まれの日本の実業家(経営者)です。1921年(大正10年)に熊本高等工業学校の電気科を卒業し、技術者(電機技師)として熊本県庁と井上電機製作所に勤務し、特に井上電機製作所で米国で開発された「誘導形保護継電器」の国産化開発に取り組んだ際に身につけた技術が、後の立石電機創業の基礎となったそうです。

在任時、立石一真氏は、経営をする中で、企業は条件整備さえ先行させれば自ら成長するものであると考え、その条件として「(1)経営理念を明確に打ち出す (2)人間の本能的行動に従う (3)本能的行動が企業を伸ばすよう施策目標をつくる (4)働き甲斐のある環境をつくる (5)全員参画のシステムをつくる (6)社会のニーズを素早く捉える (7)常に自主技術の開発に努める」の七つを説き、自ら組織の改革を進め、非常に先進的な経営者だったと言えます。

立石一真の基本情報

立石一真氏は、伊万里焼盃を製造販売する立石熊助・エイ夫妻の長男として熊本県で生まれ、幼い頃は恵まれた生活環境にありました。しかし、小学校1年生の時に父・熊助が亡くなると家業は衰退し、母・エイが下宿屋を開業し、そして幼い一真氏も家を助け、新聞配達を始めました。この時に貧の辛さと働きの大切さを知り、同時に祖母・幸の葉隠精神による躾を受け、戸主(トップ)の責任と自覚、強い独立心が培われたそうです。

また、経営者になってからは、企業が「社会の公器」であることを、「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という社憲にまとめ、これは今のオムロンの企業理念の根本をなしています。

生没 1900年9月20日-1991年1月12日(享年90歳)
出身 熊本県熊本市
学歴 熊本高等工業学校(電気科)
就職 兵庫県庁(電機技師)・・・1921年(20歳)
起業 彩光社(スボンプレス)・・・1930年(29歳)
著書 人を幸せにする人が幸せになる―人間尊重の経営を求めて
永遠なれベンチャー精神―私の実践経営論 他

立石一真の事業年表

立石一真氏は、オムロン(旧社名:立石電機)を創業する前に、個人で実用新案を持っていた家庭用品の「ズボンプレス」を元に、京都市内に彩光社を設立し、起業の第一歩を踏み出しました。この時に、販路の確保や取引条件の整備、説明販売、広告などの大切さを身に付けました。そして、苦しい商いの中で、専門の電機産業への意欲が高まる一方の頃に「レントゲン写真撮影用タイマ」を開発し、商機ありと見て、大阪市内に立石電機製作所を創業し、今のオムロンの基礎を築きました。

20-29歳 1921年(20歳)・・・兵庫県庁に電機技師として奉職
1922年(21歳)・・・井上電機製作所に入社
1930年(29歳)・・・京都市内に彩光社を設立
30-39歳 1932年(31歳)・・・レントゲン写真撮影用タイマを開発
1933年(32歳)・・・大阪市内に立石電機製作所を創業
40-49歳 1943年(42歳)・・・マイクロスイッチの国産化に成功
1948年(47歳)・・・商号を立石電機に変更
50-59歳 1959年(58歳)・・・商標をOMRONと制定、社憲制定
1960年(59歳)・・・世界初の無接点近接スイッチを開発
60-69歳 1960年(60歳)・・・京都府に中央研究所を設立
1964年(63歳)・・・世界初の電子式自動感応式信号機を開発
1967年(66歳)・・・世界初の無人駅システムを開発
70-79歳 1971年(70歳)・・・世界初のオンライン現金自動支払機を開発
1972年(71歳)・・・日本初の福祉工場であるオムロン太陽を設立
1979年(78歳)・・・社長を長男に譲り、会長に就任
80-89歳 1987年(86歳)・・・会長を退き、取締約相談役に就任
1990年(89歳)・・・オムロンへ社名変更、立石科学技術振興財団を設立

立石一真の人物像と言葉

立石一真氏は、オムロンのHPの創業者物語によると、その人物像として「常に新たな機会への挑戦を続けた技術系経営者と言えるだけでなく、社会事業への広い視座、芸術・芸能への深い造詣などを考え合わせると、明治人の気骨を持った前衛人・前衛技術者・前衛企業家とでも言えるかもしれません」と記されています。

・ものごと"できません"と言うな。どうすればできるかを工夫してみること。
・世の中Badと決めつけるのはたやすい。しかしNeed Improvement(改善の余地あり)でなければ、創造の将来はない。"まずやってみる"がわれわれが築き上げてきた企業文化なのだ。
・企業は生き物で、いつも変化しているので、経営者は常にそれを見守って組織の修正を早手回しにすべきだ。

立石一真の関わった「オムロン」

オムロンは、立石一真氏のリーダーシップにより、独自のセンシング&コントロール技術を主軸とした大手メーカーへと発展しました。また、同氏が提唱した未来予測理論「SINIC(Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution)理論」は、同社の経営の羅針盤として、今日でも受け継がれています。

会社名 オムロン株式会社 〔OMRON Corporation〕
創業者 立石一真
創業 1933年(昭和8年)5月10日
設立 1948年(昭和23年)5月19日
事業内容 制御機器・FAシステム事業
電子部品事業
車載電装部品事業
社会システム事業
健康医療機器・サービス事業
環境関連機器・ソリューション事業
組込みシステム・PC周辺機器事業 他
基本理念 企業は社会の公器である
上場 東証1部、FWB(ドイツ)

生誕別区分

業種別区分