中央信託銀行

中央信託銀行は、1962年から2000年まで使われた金融機関の商号で、現在の「三井住友信託銀行」の前身行の一つです。

1962年5月に東海銀行や第一銀行、日本興業銀行などのほか、証券界の強い支援のもとに設立され、以降、日本経済の発展と共に順調に業容を拡大しました。また、バブル崩壊後の金融システム危機では、1998年に北海道拓殖銀行(1997年11月破綻)の本州部分の受皿銀行にもなりました。

目次:コンテンツ構成

中央信託銀行の概要(現在は中央三井信託銀行)

中央信託銀行は、設立以来、1990年代まで独立路線を歩んでいましたが、1990年代末の金融システム危機を契機に金融業界の再編が進む中、2000年4月に三井信託銀行と合併して「中央三井信託銀行」になりました。

そして、2012年4月に中央三井信託銀行、中央三井アセット信託銀行、住友信託銀行の3行の合併により「三井住友信託銀行」が発足し、今日に至ります。

●1962年5月-2000年3月:中央信託銀行

東海銀行・第一信託銀行の信託部門+日本証券代行の証券代行部門

●2000年4月-2012年3月:中央三井信託銀行

中央信託銀行+三井信託銀行

●2012年4月-現在:三井住友信託銀行

中央三井信託銀行+中央三井アセット信託銀行+住友信託銀行

※中央信託銀行という名称は、戦後の一時期(1948年-1952年)、安田信託銀行(現・みずほ信託銀行)の旧称としても使われた。

中央信託銀行の沿革(1962年-2000年)

中央信託銀行は、昭和から平成の日本がまだアナログだった時代(1962年-2000年)、東証一部に上場する信託銀行の一つとして世間に知られていました。

1962年-1999年

中央信託銀行は、元々は1926年に名古屋財界の有力者により創業された「中央信託」を源流に持ちますが、中央信託は、1945年に東海銀行へ信託勘定を譲渡して閉鎖されました。

そして、時代の流れの中で、銀行・信託業務の兼営が原則禁止となったことから、1962年に東海銀行と第一信託銀行の信託部門、および日本証券代行の証券代行部門を分離・統合し、関係する銀行や証券会社などの支援のもとで「中央信託銀行」が設立されました。

本店は東京に置かれ、信託業務のほか、銀行業務や証券代行業務、不動産業務などを手がけ、日本経済が成長する中、主要都市に店舗を設けて順調に発展していきました。

また、金融システム危機にあった1998年には、経営破綻した北海道拓殖銀行の本州での営業権(健全な資産・預金等)を継承し、リテール信託業務の強化を図りました(この継承で信託銀行首位の店舗数に躍り出た)。

・1962年05月:中央信託銀行を設立
・1989年03月:東証2部に上場、同時に公募時価発行増資
・1990年09月:東証1部に上場
・1990年12月:大証1部・名証1部に上場
・1998年11月:北海道拓殖銀行の本州地区の営業を譲り受け、店舗を59カ店、店舗外現金自動設備を6カ所新設
・1999年05月:三井信託銀行と合併契約書に調印

2000年-2012年

1990年代末の金融システム危機を契機に、日本の金融業界の再編が進むなか、中央信託銀行は三井信託銀行と合併して2000年に「中央三井信託銀行」となった後、2012年にさらなる合併で「三井住友信託銀行」となり、今日に至ります。

・2000年04月:三井信託銀行と合併して「中央三井信託銀行」となる
・2002年02月:中央三井信託銀行の株式移転により「三井トラスト・ホールディングス」を設立
・2002年03月:中央三井信託銀行の年金信託・証券信託部門を会社分割により三井アセット信託銀行に移管
・2007年10月:三井トラスト・ホールディングスを中央三井トラスト・ホールディングスに、三井アセット信託銀行を中央三井アセット信託銀行に商号変更
・2009年11月:住友信託銀行と経営統合について基本合意
・2011年04月:住友信託銀行との株式交換により経営統合し、「三井住友トラスト・ホールディングス」を発足
・2012年04月:中央三井信託銀行、中央三井アセット信託銀行、住友信託銀行の合併により「三井住友信託銀行」を発足

ブランドカテゴリー

YouTube(動画)

iFinancial TV