ドバイ・ショック

英語名: Dubai's shock
分類: 国際情勢|金融危機

ドバイ・ショックは、「ドバイ信用不安」や「ドバイ問題」とも呼ばれ、2009年11月下旬に、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国が震源となった、ドバイの支払い能力への国際的な懸念から起こった信用不安のことをいいます。これは、ドバイ首長国政府が2009年11月25日に、ドバイの代表的な政府系持株会社のドバイワールドと、その傘下の不動産開発会社のナキールが抱える全ての債務の支払いを猶予してもらうよう債権者に要請すると発表したことが発端で、ドバイワールドの債務はナキール分を含めて総額590億ドルにも上っていました。

UAEの中で、連邦の首都があるアブダビ首長国が大量の油田を持つ一方で、ドバイは原油をほとんど産出しないため、原油に依存しない域内経済を目指していました。具体的には、港湾開発やリゾート開発、航空網の整備などを積極的に進め、その地理的な優位性から中東湾岸地域の商業・交通の一大拠点となりましたが、一方でそれを達成する上で、官民一体となって巨額の資金調達を繰り返してきました。しかしながら、2008年のリーマンショックに端を発した世界同時不況の影響により、ドバイへの資金流入が次第に細り、また不動産価格も大きく下落したことで、これまでの開発・成長モデルに大きな陰りが生じ、ついには資金繰りに窮するに至りました。

この事態に対して、ドバイ首長国政府は、今回の猶予措置を企業再建の第一歩と説明し、返済期日を2010年5月30日まで繰り延べを求めるとし、これに対して中東の湾岸諸国と取引の多い(多額の債権を持つ)欧州金融機関への収益懸念などが広がり、英国やドイツ、フランスなどの主要株式市場で欧州株急落すると共に、ユーロ英ポンドなどの通貨も売られ、これが世界のマーケットにすぐに連鎖しました。また、日本に関しては、日本株が大きく売られる一方で、消去法的に円が大きく買われたため、外国為替市場で円相場の独歩高が進行し、2009年11月27日の日本時間の早朝には、一時、14年4カ月ぶりの高値となる1ドル84円台まで上昇しました。

当時、トバイショックで世界のマーケットが一時的に大きく揺さぶられましたが、ドバイは世界の金融市場全体からすれば規模が小さく、アラブ首長国連邦中央銀行の資金供給などもあり、またナキール債償還がドバイ政府から発表されると、事態は短期間で概ね沈静化しました。その後、2009年12月14日にアブダビ首長国政府がドバイ首長国政府に対して100億ドルの支援を決定し、同日、アラブ首長国連邦中央銀行がドバイ・ワールドに対してエクスポージャーを持つ国内銀行の支援を発表したことで、ドバイの信用不安は概ね解消されることになりました。(実際の返済延期の対象債務は260億ドル、ナキールはワールドから切り離されて政府管理下に置かれた)