LTCM破綻危機
読み方: | えるてぃーしーえむはたんきき |
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分類: | 金融危機 |
LTCM破綻危機は、1998年の秋頃に発生した、アメリカ合衆国の大手ヘッジファンドLTCMの実質破綻による金融危機をいいます。
1997年に発生したアジア通貨危機と、その煽りを受けて1998年に発生したロシア危機に起因し、LTCMの予測が外れて、高いレバレッジをかけたデリバティブ取引などの巨額のポジションに想定外の損失が発生したことで、世界のマーケットに甚大な影響を及ぼしたものです。
この危機的状況に対して、FRBによる利下げや大手銀行による救済融資、LTCMの緩やかな解体などにより、事態は収束に向かいました(数か月で危機は回避された)。
ここでは、史上最大のヘッジファンド破綻である「LTCM破綻危機」について、簡単にまとめてみました。
目次:コンテンツ構成
LTCMとは何か?
LTCMとは、「Long Term Capital Management(ロングターム・キャピタル・マネジメント)」の略で、その昔、ソロモン・ブラザーズで活躍したトレーダーのジョン・メリウェザーの発案により設立されました(本部は、米国コネチカット州)。
1994年に運用を開始し、その取締役会の中には、FRB元副議長のデビッド・マリンズ、ブラック-ショールズ方程式を完成させ、共に1997年にノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンといった著名人が加わっていたことから「ドリームチームの運用」と呼ばれ、世界各国の金融機関や機関投資家、富裕層などから巨額の資金を集めました。
LTCMの運用手法と成果
LTCMは、マーケットにおいて、デリバティブ(金融工学)を駆使したトレーディングシステムで投資を行うヘッジファンドでした。
当初の運用手法は、流動性の高い債券がリスクに応じた価格差で取引されていない点に着目し、実力と比較して割安と判断される債券を大量に購入し、逆に割高と判断される債券を空売りする「ロング・ショート」というものでした。
その後、債券だけでなく、M&A(1995年)、金利スワップ(1996年)、私募債、モーゲージ担保証券、株式(1997年)と対象を広げ、流動性がより低く、不確実性のより高い市場へと参入していきました。
なお、破綻前の運用成績については、平均の年間利回りが40%を突破するなど大きな成功を収め、また最盛期には、1000億米ドルを運用するまで規模を拡大していました。
LTCMの破綻危機と対応処理
LTCMは、設立以来、順風満帆でしたが、1997年に発生したアジア通貨危機と、その煽りを受けて1998年に発生したロシア危機が状況を一変させることになりました。
※ロシア危機:ロシアの通貨ルーブルの暴落とルーブル建て国債の債務不履行など一連の経済危機。
LTCMの危機前
LTCMは、アジア通貨危機やロシア危機など、新興国に対するマーケットの動揺は短期間に収束すると予測し、それに応じた巨額のポジションをとっていました。
具体的には、市場価値が理論価格より安いイタリア国債やスペイン国債などを買い、市場価値が理論価格よりも高い米国国債などを空売りし、各々の市場価格が理論価格へ戻るまで待っていました。
LTCMの危機発生
しかしながら、その予測は完全に外れ、マーケットの動揺(不安心理)は一向に収まらず、ついにはLTCMは実質的な破綻状態に陥りました。
当時、LTCMの実質破綻による影響として、調達した元手(巨額資金)の損失以外に、高いレバレッジをかけたデリバティブ取引があったため、LTCMがすぐに破綻すると、ただでさえ不安定となっていたマーケットに甚大な影響を与え、世界恐慌を引き起こす可能性も危惧されました。
実際、LTCMの損失が公になると株式市場は暴落し、またドル円相場では急激な円高が進行しました。
LTCMの危機対応
このような危機的状況の中、FRBは1998年の9月・10月・11月と3カ月連続で利下げを行うと共に、ニューヨーク連邦準備銀行は10行以上の大手銀行の幹部を一同に集めてLTCM問題を話し合い、最低限の資金を融通し、当面の取引を執行させて緩やかに解体させていくことで合意し、何とか金融不安の沈静化を図りました。
なお、LTCMについては、その後、デリバティブ契約を徐々に清算した後、解体されて消滅しました。