韓国通貨危機

読み方: かんこくつうかきき
英語: South Korean Financial Crisis
分類: 金融危機

韓国通貨危機は、大韓民国(韓国)において、1990年代と2000年代に発生した二つの通貨危機(経済危機)をいいます。

1990年代の方は、1997年に発生したアジア通貨危機の一つで、また2000年代の方は、米国発の世界金融危機により、2008年から2009年にかけて発生した韓国ウォンの通貨危機となっています。

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1997年の韓国通貨危機

1997年の韓国通貨危機は、アジア通貨危機の事象の一つで、韓国で起こった通貨危機をいいます。当時、そのあまりの深刻さから、韓国国内では、「朝鮮戦争以来、最大の国難」や「IMF危機」とも呼ばれていました。

アジア通貨危機の前

韓国は、アジア通貨危機が発生する前は、他のアジア諸国と比べて、マクロ経済のファンダメンタルズは十分でしたが、既に金融部門で不良債権を抱えていました。実際、1997年1月に韓宝グループの倒産に始まり、多くの企業が倒産や事実上の倒産に追い込まれ、韓国経済は悪化していく最中でした。

韓国通貨危機の発生

1997年7月にタイで通貨危機が発生すると、他のアジア諸国と同様、韓国にも伝播し、その影響を次第に受けるようになりました。

当初は、中央銀行の特融や通貨当局の介入により暴落には至りませんでしたが、10月に起亜自動車が破綻するなど経済状況が悪化し、また韓国の格付けも引き下げられました。

そして、11月17日に韓国の大手銀行が外貨決済の不能に陥り、韓国ウォンが急落して、通貨当局は介入を放棄しました。さらに、デフォルト寸前の状況にまで追い込まれ、11月21日に国際通貨基金(IMF)への支援を正式に要請しました。

<韓国ウォン(対ドル)の推移>

・6月末:888.10ウォン
・7月平均:890.50ウォン
・12月末:1,695ウォン

韓国通貨危機の支援とその後

韓国の支援要請に対して、IMFは史上最大規模となる210億ドルの融資の実施を決定し、それ以外に、世界銀行から100億ドル、アジア開発銀行から40億ドル、日本から100億ドル、米国から50億ドルなど、IMFを含めて支援パッケージは総額580億ドルに上りました。

IMFが支援を決定したことで、IMFが韓国経済に介入し、経常収支の改善、財政収支の黒字化、インフレの抑制、金融の引き締め、外貨準備の積み増し、金融の改革、市場の開放(財閥の改革等)などが要求され、韓国は朝鮮戦争以来、最大の国難(経済混乱)となりました。

その後、各種改革のほか、海外からの証券投資に対する規制緩和がなされたことで、対外証券投資の流入が促進され、次第に韓国の国際収支は安定を取り戻していきました。

2008年-2009年の韓国通貨危機

2008年-2009年の韓国通貨危機は、世界金融危機の状況下において、韓国で起こった通貨危機をいいます。

危機の背景

サブプライムローン問題に端を発した米国発の世界金融危機により、2008年から2009年にかけて、金融市場はクレジットクランチ(信用収縮)に見舞われ、世界的に米ドルの流通が滞り、インターバンク市場ではドル不足が発生していました。

当時、韓国は資本収支・経常収支ともに赤字(外貨準備の取り崩し)となっており、短期対外債務の多くが償還時期を迎えた2008年9月に、市場でのドル不足と相まってウォン相場は急落し、さらに10月にはアジア通貨危機以来の安値を記録し、1ドル=1500ウォンを超える水準まで下落しました。

危機への対応

このような状況の中、米国とドル・ウォンの通貨スワップ協定の締結、及びそれを利用した為替介入によって短期的に持ち直しましたが、2009年2月に韓国経済(2008年第4四半期)が大幅なマイナス成長になると、再びウォン安に転じて1ドル=1500ウォンを突破しました(通貨スワップ協定は、中国と日本とも締結)。

その後、一時は通貨スワップの限度額の多くを使うなど予断を許さない状況となりましたが、最終的には何とか切り抜け、危機を脱することができました。

※日韓通貨スワップ協定は、2015年2月23日に終了。

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